「は?」

志貴は思わず聞き返した。

「だからな志貴、お前来年の春から高校に通えと言ったんだ」

黄理はやや付け足して再度同じ台詞を口にする。

「と、父さん・・・なんでまた?」

まさか教育に目覚めた訳でもあるまい。

そう思いながら志貴は尋ねる。

「実はな・・・最近遠野に不穏な空気があるとの報告が入った」

三『真正』

「遠野?」

志貴は耳を疑った。

遠野といえば日本でも有数と言われる混血の一族。

その勢力は裏では日本最大であるのは無論の事、表でも数多くの会社を傘下に収める日本有数の財閥だと聞いた事がある。

そして、七夜にとって遠野とは浅からぬ因縁があった。

今から九年前、当時退魔組織を離脱していた七夜に対して『将来の禍根を絶つ』と言う名目で遠野が襲撃を掛けてきたのだ。

その時には七夜黄理を始めとする七夜の精鋭陣の働きによって、襲撃部隊は現地で指揮を執っていた前当主遠野槙久を含めて全員戦死と言う結果を迎えた。

その後、遠野は突然の当主の死に慌てふためき、ようやく槙久の長男遠野四季が遠野の中でも有力な分家筋、刀崎家及び久我峰家の後見の元に当主に就任。

それまでの間に七夜は独自の退魔組織『七つ月』を創設、他の退魔組織と横の連携を取ることで遠野に拮抗、ここより遠野と七夜は事実上の冷戦状態に突入、それが今日まで至った。

その遠野に不穏な空気?

「どう言う事ですか?不穏な空気と言うのは?」

「遠野の現当主遠野四季が、七夜討伐に動き始めたという未確認情報が流れてきている」

「ええっ?」

「まあ向こうの立場から言えば当然だろう。何しろ家の面子とかそう言う以前に七夜はてめえの父親を殺した憎き敵だ。例え俺たちの正当防衛だとしても納得できない部分があるんだろうよ」

黄理の言葉に志貴も無言で頷く。

人の心は欠くも複雑なもの。

たとえ理性が納得していても感情が納得するのは難しい事を志貴は理解していた。

「まだ確固たる証拠はねえが事実とすれば厄介だ。晃や誠を中心に次世代も力をつけて来ているがまだまだ経験不足は否めねえ。志貴、おめえ以外はな」

「それで俺に情報の真偽について調査をと言う事ですか?ですけどそれと高校とは何の関係が・・・」

「お前には遠野の本家がある三咲町に飛んでもらう。そこの高校に入って現地で直接遠野を探るんだ。情報だと当主遠野四季も、お前と同じ読み方だけでなく、年も同じらしいからな。それにお前は七夜でただ一人、欧州に飛んでいたおかげで他の連中にあまり顔は知られていない。潜入には持って来いだと言う判断だ」

「そう言う事でしたか。判りました。謹んでそのご命令お受けいたします」

「ああ、それとこの仕事にはお前翡翠と琥珀を同行させろ」

「はい・・・は?はあああああああああ!!!!

頷きかけて志貴は硬直した。

「と、父さん・・・」

すっかりうろたえた志貴は思わず親子の口調に戻った。

黄理もそれを咎めず、むしろしてやったりと言わんばかりの含み笑いを浮かべる。

「それは一体・・・」

「何だ志貴?お前まさか帰って一年経たずにまた二人を置いていく気か?」

「い、いや、そう言う訳じゃ・・・で、でも・・・」

「ともかくこの件は確定済みだ。今後お前には通常の鍛錬に加え、高校入試合格の為勉学にも励んでもらう」

「で、でも、翡翠と琥珀は・・・」

「二人を高校に入れると言う事で既に真姫とも、二人とも合意している。二人とも猛勉強中だ。更に言えばこれは無論の事だがお前達三人は一つ屋根の下で共同生活をしてもらう。その為の住居も用意してある。」

「は、はははははははは・・・」

その周到ぶりに志貴は乾ききった笑いを浮かべる。

「それと、もうこの件は今頃真姫から伝わっている筈だ。そろそろ反応が・・・」

その台詞が終わるか終わらない内に、居間から

「「やったああああああああああ!!!志貴ちゃんと同棲だぁあああ!!」」

二人の大歓声が響き渡ってきた。

「そう言う事だ志貴、諦めろ」

「はい・・・」







そして居間から戻って来た志貴が眼にしたのは、

「はい・・・志貴ちゃん・・・あ〜ん」

「・・・志貴ちゃん・・・お背中・・・流してあげるね」

顔を真っ赤にさせて、それでいて幸福そうな表情を浮かべたまま、どこかに旅に出掛けた翡翠に琥珀と困ったように笑みを浮かべる真姫、そして我関せずとばかりに、一心不乱にケーキを平らげるレンの姿があった。

「志貴大変よ」

「まあ志貴頑張れよ」

両親の慰みにも皮肉にも聞こえる言葉に、志貴はただただ引きつった笑みを浮かべるより仕方なかった。







翌日、朝の鍛錬を終えた志貴は王漸の家を訪れていた。

「大叔父上、いますかー」

「志貴か?あがれ」

玄関より声を掛けると奥から手が放せないのか王漸の声が聞こえる。

「失礼いたします・・・ってあれ?」

その言葉に志貴は遠慮なく上がり、いるであろう居間に向かうがそこには誰もいない。

「おや?誰かと思えば志貴坊やじゃないの?」

「・・・大叔母・・・」

「何か言った志貴坊や?」

「い、いえ・・・富美さん、どうも・・・それともう止めてください。坊や扱いは・・・」

そこに背後から掛けられた声に志貴は若干辟易しながら、ついでに冷や汗を背中に流しながら振り向く。

そこには予想通り、王漸の妻である七夜富美が温厚な笑みをたたえてそこに立っていた。

志貴にとっては若干苦手な人でもある。

「何を言っているのよ。私にとっては何時までも志貴は坊やよ」

「はあ・・・まあ、それについては後日と言う事で大叔父上は?」

「ああ、家の人なら鍛冶場にいるわよ。なんか一昨日からこもりっきりだけど」

「誰がこもりっきりだ」

奥から王漸が出て来た。

「何言っているんですか?一昨日帰って来るなり志貴坊やの『七つ夜』を手にして鍛冶場で寝食をしていらしたのに」

「ふん・・・丁度良い富美、志貴に茶を持って来い」

「はいはい・・・あなたはどうされますか?」

「無論俺のもだ。温めで良い」

「はいはい」

そう言って富美は台所に姿を消す。

「さてと・・・志貴すまんな足労を掛けた」

「いえ、大した事ではありませんし・・・それよりも『七つ夜』をいままで鍛えていたのですか?」

「いや・・・」

そう言うと、王漸は『七つ夜』の柄を志貴に放る。

志貴が『七つ夜』の刃を出そうとすると、そこに刃は存在しなかった。

「あ、あれ?大叔父上?」

「志貴、お前に『真正(しんせい)』を授ける」

「へっ?『真正』?」

「そうだ。『極の四禁』を完全に会得した者だけがその手に持つことの許される、七夜一族最後の秘刀・・・それが『真正』と呼ばれる刀だ」

なにやら話が大きくなってきた。

しかし、志貴としてはまずこの事だけは尋ねたかった。

「大叔父上、何故『極の四禁』の事を?」

「そうだな、そのことから話そう・・・俺の祖先は昔から『七つ夜』・・・いや、俺の家では『仮打』と呼んでいたが、それを保有していた事は知っているな?」

「はい、その事は『七つ夜』を授けられた時に父さんから」

そう、元々七夜一族に伝わる宝刀や武具の類は皆王漸の家が代々管理して、五・六歳に各人相性に合う武器を親から渡される。

そうして、志貴も黄理から『七つ夜』を渡された。

「そう、そして我が家にはそれぞれの武器の由来が伝わっている。その中に『極の四禁』の記述があったんだよ。"この刀『極の四禁』を極める為の試金石なり。この刀を持ち、『極の四禁』を会得した者に『真正』を授けよ"とな・・・と言う事でほらよ。こいつが『真正』だ」

そういい、王漸は懐から『七つ夜』と同じ柄を投げ渡す。

「以前の『仮打』と同じく飛び出し式にしておいた。ちなみに硬度や切れ味は『仮打』をはるかに上回る」

その言葉を聞きながら志貴は『真正』と呼ばれた刃を取り出す。

その美しい刃の紋状に心を奪われる。

それを試しに振ってみる。

「・・・」

「どうだ志貴?それと名前はお前が決めろ」

「やはり・・・こいつは『七つ夜』です。俺にとって『七つ夜』と言う名前は特別ですから」

「そうか・・・それならそれで良い」

「それと大叔父上」

「なんだ?」

「お願いが有ります。柄を今まで使っていた物に変えて頂けますか?」

「・・・ふっ・・・そう言うだろうと思っていた。じゃあ一時間待っていろ」

軽く笑いながらそう言い柄と『真正』を手に鍛冶場に向かった。







そして一時間後、志貴がお茶を啜っている所に王漸は鍛冶場から戻ってきた。

「志貴待たせたな」

「いえ、それ程でもありませんでしたよ」

「そうか。ほら、こいつが新しい・・・そして真正の『七つ夜』だ」

そう言って今までの柄にはめ込みなおした『七つ夜』を渡す。

それを再度そして念入りに振る志貴だったが、今度は満面の笑みを浮かべる。

「ありがとうございます大叔父上」

「何、礼を言われるまでの事はねえ。客の注文に最大限の返答をするのが俺らの義務だからな・・・」

「話は終わりましたか?ではどうぞお茶ですよ」

会話が終わったのを見計らって富美はお茶を差し出す。

「おう、すまんな富美」

「いえいえ、そう言えば志貴坊や」

「なんですか?富美さん」

「真姫から聞いたんだけど、翡翠と琥珀三人で結婚を前提とした同棲するんですってね」

さり気ない言葉に志貴は含んでいた茶を思いっきり噴き出した。

「げほっげほっ・・・ふ、富美さん!!いきなりなんて事を!!」

「あら?違うの?」

「違います!!仕事で進学しないといけなくなっただけです!!」

「あらあら、そうなの?でも二人と同棲するのは間違いないんでしょう?」

「うぐっ・・・」

「二人ともおおはしゃぎだったわよ。"志貴ちゃんと三人きり"だって言いながら」

「そ、それは・・・その・・・」

「優しくしてあげるのよ。二人の大切な初夜を台無しにしちゃいけませんよ」

「・・・・・・」

どうしてそう言った話に飛ぶのか?

志貴は心の底からこう思った

(判らない・・・)







そして志貴が挨拶をかわし王漸の家を退出すると王漸はふっと笑った。

「しかし、俺の代で『真正』が世に出るとはな・・・」

そう言い、王漸は自分の鍛冶場に向かう。そこには『仮打』が無造作に置かれている。

磨きが掛けられたのか鏡のように光を反射しながら。

「・・・お前の役目は終わったぞ・・・後はゆっくりと休め。新たな主がお前を手にする時まで」

そう言うとそのまま『仮打』を手にする。

それを大切に保管庫に入れる為に・・・







そして、月日は瞬く間に移ろい・・・

「志貴荷物は持った?」

「大丈夫だって母さん。主だった荷物は全部持ったよ」

いつもの着流しではなく普通の若者が身に付ける洋服を着た志貴に真姫は心配そうに言う。

今日は志貴・琥珀・翡翠の引越しの日だった。

そう、三人ともめでたく、高校に合格を果たした。

それも翡翠・琥珀は上位の成績で、志貴に至ってはトップの成績で・・・

翡翠・琥珀はともかくとして何故志貴はそこまで成績が良かったのか?

それは志貴の台詞に全てが凝縮されていると言って良いだろう。

曰く

"教授達の勉強の方がレベル高かったな"

"初めてだよ。ペナルティ無しで勉強できるのは"

「お母さん。姉さんと私の分終わったよ」

「ご苦労様、翡翠」

そこにひょっこりと姿を出した翡翠がそう言う。

「これで良し・・・母さん俺も全部準備完了したよ」

「そう、じゃあ行きましょうか?御館様もお待ちですし」

そう言って真姫は部屋を後にする。

「じゃあレン行くか・・・」

「にゃあ」

レンはそう言って一声鳴くと志貴の肩にちょこんと乗っかる。

「・・・じゃあまた行って来ます」

そう言って志貴は頭を一つ下げた。







「お待たせ」

屋敷の前には余所行きの服装の黄理と真姫と、着物でなくワンピースとスカートを着た翡翠と琥珀が立っていた。

「ようやく来たか、じゃあ志貴行くぞ」

「はい」

そう言って志貴達五人と一匹は里を下りて駅に向かった。







三咲町に到着した一行が目的の場所に到着したのは夕方近くの事だった。

「志貴着いたぞ。ここだ」

そう言って黄理が指し示す方向には、借家であるのだろうが二階建て、更には庭付きの一戸建てがあった。

「父さん?なんか広すぎない?」

志貴は困惑してそう聞く。

てっきりアパートを予想していた志貴は困惑して黄理に聞く。

「安心しろ。どうせ直ぐに手狭になる」

「ふーん、そんなものか・・・」

そう言いながら志貴は黄理と共に家に入る。

もう業者の方で一通り終わらせたのか、家具や家電器具は所定の場所に配置が完了されている。

「うわぁ〜綺麗なお家だね翡翠ちゃん」

「うん・・・ここが私達と志貴ちゃんの・・・」

「うん・・・志貴ちゃんと・・・一緒に・・・」

またどこかにお出掛けようとした姉妹を真姫が苦笑しながら呼びかける。

「さあ、翡翠、琥珀お夕飯作るわよ。手伝って」

「「は〜〜い!!」」

「じゃあ志貴俺達は少し周囲を見てくるか」

「はい、じゃあ母さん、翡翠、琥珀少し下見してくる」

「ええ、気をつけてね志貴」

そう言って志貴と黄理は出て行った。







まず二人は入学する高校の道順を確認してからゆっくりとした足取りで丘の方に上がる。

「ずいぶんと豪勢な屋敷が揃っているね」

「ここはこの周辺では有数の高級住宅地らしいな」

やがて志貴と黄理はその一帯でその中でも一際大きな洋館の前に二人は立つ。

「志貴、ここが遠野の屋敷だ」

「ずいぶんと広い屋敷だね。森の屋敷といい勝負だね」

「ああ、まったくだな・・・さて帰るか」

「はい、父さん」

軽く見ただけで二人は踵を返して帰宅した。

今回はただの視察に過ぎないのだから・・・







志貴達が家に帰ると、

「ほら翡翠、お塩を入れちゃ駄目ですよ」

「あ、あれ?これお砂糖じゃ・・・」

「翡翠ちゃんお砂糖はこっち、もう少し勉強しようね〜」

「あうう・・・」

真姫・翡翠・琥珀は賑やかに料理を続けている。

「は、ははは・・・あいも変わらず翡翠は料理に関しては枯れているな・・・」

「志貴あれは枯れていると言うんじゃない。朽ち果てていると言うべきだ」

志貴と黄理の辛辣な感想に翡翠は心なしか涙ぐんでいた。







そして、翌日、

「琥珀ー、翡翠ー、準備は出来たのー?」

「も、もうちょっと待っててー!!」

「制服が・・・制服がー!!」

真姫の呼びかけに二人の悲鳴にも似た声が響く。

そんな中志貴と黄理は朝食も終えお茶をのんびりと飲んでいた。

「志貴、俺達は入学式が終わったらその足で里に帰る。後の調査はお前に全て一任する。増援が必要なら直ぐに連絡を入れろ。この件に関しては里でも全力で支援する」

「わかりました」

「さて、そろそろ時間だな・・・真姫、二人はどうだ?」

「ああ、すいません御館様もう少しお待ち下さい・・・ほらー!!二人とも!!急がないと遅刻しますよ!!」

「「はーーーい!!!」」

直ぐにどたどたと二人が駆け下りてきた。

青いスカートと学年を表すやはり青いリボン。

そしてワイシャツの上から黄色のサマーセーターを着て更にその髪はそれぞれ純白と紺碧のリボンで止められている。

「さてじゃあ行くとするか」

「「はーーい!!」」

「じゃあレン行ってくるな」

「・・・(こくこく)」

レンの頭を撫でてから志貴も学校に向かっていった。

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